2020/04/10

八乙女の舞をご紹介!由来や装束、歌詞は?どこで見られる?

八乙女の舞

神社で祭礼の際に見ることのできる「八乙女の舞」。美しく着飾った巫女の舞はとても優雅で趣を感じられます。

現代神楽のひとつとなる「八乙女の舞」ですが、その舞にはどのような意味が込められているのでしょうか。

ここでは巫女舞の一つ「八乙女の舞」について由来、装束、歌詞に分けてご紹介していきます。

きっと「八乙女の舞」の持つ祈りの意味とその歴史の深さを感じていただけると思います。そして神社での巫女の姿も違って見えてくるかもしれませんよ。

 

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「八乙女の舞」の始まりと由来

神楽の起源は古く、古事記、日本書紀の時代に遡ります。

天の岩戸に隠れてしまった天照大神(あまてらすおおみかみ)を呼び戻すため、巫女の「天鈿女命(あめのうずめ)」が舞を舞ったことに由来します。

以降、神事の際に巫女舞が舞われるようになったのです。

神楽の起源から1300年余り、江戸時代後期から明治時代初期には、神霊の憑依などの霊的現象を否定的に捉える動きもありました。

その後、春日大社の冨田光美らが巫女の神道における重要性を唱えて、芸術性を高めることにより復興させていきます。

明治時代に創られた巫女舞、「八乙女の舞」もそのひとつです。

作舞は当時の宮内省楽部の部長、多忠朝(おおのただとも)で、「浦安の舞」や「豊栄の舞」など多数の作品を世に送り出しています。

「八乙女」とは字の通り、「8人の巫女」を指し、八とは多数という意味でもあります。

また、八は神聖な数字としても考えられていたようです。

当初は8人の巫女により舞われていましたが、現在では特に決まりはなく、4人で舞うこともあります。

「八乙女の舞」の歌詞は?

「八乙女の舞」は昭和の御大礼(1927年)の際に、主基斎田に定められた舞で、「御田植の舞」に従って明治天皇の御製3首が使われています。

八乙女の舞(明治天皇御製)

八束穂の たりほのはつほの 新嘗に ささげまつると 刈りはじむらん

わが国は 神の末なり 神まつる 昔の手ふり わするなよゆめ とよとせの

稲刈るしづか うれしさも ほにあらわるる 秋のおやまた

 

五穀豊穣を祈り、舞った巫女舞なのです。

「八乙女の舞」の装束は?

  • 衣冠(いかん) 

平安時代以降の貴族や官人の宮中での勤務服。

もともと宮中では朝服(ちょうふく)や束帯(そくたい)と呼ばれるものを着ていましたが、動きやすい衣冠へと変わっていきました。束帯の下着類を大幅に省いていて、見た目は束帯とほぼ変わりません。

  • 狩衣(かりぎぬ)

平安時代以降の公家の普段着。

もともとは狩の時に着用していましたが、動きやすいことから普段着として定着しました。明治時代以降は神職の常装となっています。

 
 
 
 
 
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現在では略装束で舞われることも多いようです。

  • 千早(ちはや) 

小忌衣(おみごろも)の一種で単(ひとえ)の上に着る本式の装束

  • 緋袴(ひばかま)

紅袴(くれないのはかま)とも呼ばれ、赤系統の色をした袴。

 

 
 
 
 
 
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「八乙女の舞」の舞具は?

各神社によって違いはありますが、扇(おうぎ)を手に持ち舞う事が多いです。

 
 
 
 
 
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その他には榊(さかき)を使うところもあります。

 
 
 
 
 
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「八乙女の舞」はどこで見られる?

「八乙女の舞」は各地の神社で祭礼の際に見る事ができます。

その一部をご紹介いたします。

・鶴岡八幡宮(神奈川県 鎌倉)

毎年9月に行われる「例大祭」で巫女舞が披露されます。

1187年(文治3年)に源頼朝公により行われた「放生会」と流鏑馬(やぶさめ)が始まりとなり以来800年以上続いています。放生会とは捕獲した魚や鳥獣を野に放ち殺生を戒める宗教儀式です。

「例大祭」では流鏑馬神事が有名ですが、こちらでは地元の小学生による巫女舞が披露されます。

また、春分の日、秋分の日の祖霊社礼祭でも巫女舞が舞われます。

・美保神社(島根県 松江)

美保神社はえびす様の総本宮です。水産、海運、商業の神様です。

こちらでは毎日、朝8時半から朝御饌(あさみけ)というお供えの儀式があり、その時に巫女舞が行われます。また、夕方15時半には夕御饌(ゆうみけ)も行われこちらでも舞われる事があります。

日によって太鼓、笛のみの場合もありますので、観に行かれる際は確認が必要です。

・金刀比羅宮(香川県 琴平)

「こんぴらさん」と呼ばれ、海の神様、五穀豊穣、大漁祈願、商売繁盛の神様が祀られています。

こちらの巫女装束は緋袴でなく、濃色(こきいろ)の袴が使われているのが特徴です。毎年10月に行われる例大祭で巫女舞を見る事ができます。

複数人で舞う巫女舞の他にも

  • 十二単(じゅうにひとえ)を着て一人で舞う「独舞」
  • 男舞の神主舞、大和舞(やまとまい)

も行われます。

また、4月の「御田植祭」、11月の「紅葉祭」でも見られます。

・豊国神社(京都府 東山)

神号「豊国大明神」を下賜された豊臣秀吉が祀られています。

徳川家康により廃絶となりましたが、のちに明治天皇の勅命により再興されました。出世開運、厄除招福、良縁成就、商売繁盛の神様です。

こちらでは9月の例祭で巫女舞を見る事ができます。合わせて献茶祭も行われ、藪内宗家家元により奉献されます。こちらの舞具は榊(さかき)が使用されています。

・八乙女八幡神社(山形県 白鷹町)

平安時代後期に源義家が東征のおり、戦勝祈願として8人の乙女による舞を奉納したという伝承が名前の由来となっています。

その後断絶していましたが、平成2年に地元の有志により復活、毎年8月の例大祭で地元の小学生により披露されています。

神社の名前から「八乙女の舞」と言われていますが、舞は「豊栄の舞」が使われ、舞具は榊が使用されています。

【まとめ】八乙女の舞とは

始まりと由来は?

  • 現代神楽のひとつで明治時代に多忠朝によって作舞された。
  • 八乙女とは8人(多人数)の巫女の意味。

歌詞は?

  • 明治天皇御製3首が使われている。
  • 五穀豊穣の祈りが込められている。

装束は?

  • 衣冠や狩衣と呼ばれる平安時代以降の公家や官人の装束が使われる。
  • 略装束として千早、緋袴が使用される事もある。

舞具は?

  • 各神社により違いがあるが、扇や榊を手に持ち、舞う事が多い。

八乙女の舞はどこで見れる?

  • 鶴岡八幡宮、美保神社、金刀比羅宮、豊国神社、八乙女八幡神社など、各神社の祭礼の際に奉納される。

 

本格的な巫女舞から幼女による舞までその種類は様々ですが、五穀豊穣を願い舞う「八乙女の舞」。まさにその土地に生きる人々に密接に関わりのある舞なのでしょう。土地の風土を取り入れ、これからも継承され続けるこの舞をぜひご覧になってみてください。

 

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